日々徒然

zatta!

自戒

一個人が手軽に発信できる時代だからこそ、情報の扱い方について常に意識する必要があると思うし、用いる表現や言葉選びに注意を払わなければならない。自戒です。

情報をどのように切り取り、取捨選択をしてまとめるかいつも頭を悩ませる。使える文字数に限りがある時は、特に。

SNSを見ていると、情報の切り取り方や発信のし方について悪意があるとまではいわないものの、己の意見が正しいかのような印象を与えかねないというか、すこしばかり都合がいいというか、そういう言い方はずるいなと感じることが少なからずある。相手に不利で己に利がある、自分の行いを正当化しやすい、そういうやり方。

そうならないよう、客観性を失わない、複数の視点を持つ、己を正しいと思いこまない、事実と妄想・思考と感情を区別する、自分を信じすぎずに疑うことを肝に銘じておきたい。

自戒です。






書いては消しをくり返しても一向にまとまらないので、今思っていることを書き殴って終わる。

あくまで個人の所感だが、「日本語を喋れるという人へ片言で話しかけた」と「日本語を喋れるという人へ英語でどこから来たのか尋ねるよう司会に促されて片言で話しかけた」とでは受ける印象が異なる。どう受け取るかは人それぞれだとはいえ、そこへ至る流れを省くのはちょっと意地が悪いんじゃないか。

案の定、その場にいなかった人が切り取られた発言を見て非難しているのを目にした。まぁ、そうなるわな。そういう発信の仕方なので。そりゃあ発信者の考えは支持されて相手は責められるでしょうよ。フェアじゃない。

話を振られてから言葉が出てくるまで時間があって迷う素振りも見えたし、どうするのがいいかバラエティ的な面白さとか色々考えたんじゃないかと個人的には想像している。

とはいえ、あの対応が適切かというとそうとはいえないし、バラエティを考慮したとして「それって今の時代に合ってる??」というのはあるので本件についてネガティブな意見や指摘をするなとは思わない。思わないが、メンバーの対応について言及するのなら事の発端である話を振った司会にも触れるべきでは? この件に関する批判的な意見はいくつか目に入ったが、誰ひとりとして司会に言及してはいなかった。何でだろうね。メンバーには苦言を呈するのにそちらはスルーって違和感がある。自分は他の場面も含めて司会が一番ないなって思ったけどな。(※個人の所感)

文字数制限があるとはいえ、「自発的に行動した」と取れるような情報の切り取り方をしているのがたちが悪いと思う。印象操作めいたやり方をされても当人は反論できないだろうし。

応援とはすべてを肯定して許容するものではない。

しかしながら、言い方やり方伝え方というものはあるし、営業妨害めいた行為はもはや応援とは呼べない気がする。アンチが批判している方がまだ理解ができる。

あー、もやもやする。やっぱりSNS向いてないや。イベントの楽しかった思い出を綴るつもりでいたのに最悪な気分。もやっと。もやっと。