日々徒然

zatta!

BUMP OF CHICKEN TOUR 2024 Sphery Rendezvous 12/8 東京ドームファイナル

2019 aurora arkぶりの東京ドーム。

コロナ禍を経て、果たしてドームが埋まるのかという疑問がわずかながらあったものの杞憂だった。他の会場がどうだったかはわからないが、東京ドームを埋めるパワーがあることを知り、少しばかりほっとした。まったくもって余計なお世話である。

会場が大きかろうが小さかろうが、彼らの鳴らす音楽はいつだって変わらない。どれだけ人数がいようが常に「一対一」の場であることも、昔からずっと変わらない。そんなことは承知の上で、彼らの音楽を求め、欲し、受け取りたいと集う人が大勢存在することを肌で感じられるのはファンとして非常に喜ばしく、うれしいものだ。

薄々感じていたが、今ツアーで完全に『天体観測』がなくても成立するようになった気がして感慨深い。というのも、世間の印象は未だに(おそらくこの先も)「『天体観測』のバンド」であり、初めてライブへ足を運ぶ人が聞きたいと思う(聞けると期待する)楽曲ランキング上位へ間違いなく入るだろう。長年のファンも身体に沁みつきすぎて、ないと「あ、ないんだ」と思ってしまう。若干肩透かしというか。(※個人の所感)

でも、今回はそういったことは感じなかった。なくても全然いい。

なんていうと、これまでは不満だったのかと言われそうだがそんなことはない。やらなくてがっかりしたことは一度もないし、毎回満足している。しかしながら一抹のさみしさを感じる部分もあり……。そういったところが自分の中でフラットになったというか、他の楽曲がもりもり育ったというか。上手く言えないが、なくても「大丈夫」だと思えたのだ。だめだ、何も伝わらない笑。

楽曲の(そしてバンドの)成長を感じる瞬間が幾度もあった。なかでも本編ラストに披露された『窓の中から 』が放つパワーの凄まじさには度肝を抜かれた。ホームシック衛星ではやらなかったので、聞くのはbe thereのたまアリ以来か。この曲がこんなに育っているとは想像しておらず面食らった。会場の一体感のすごさよ。ものすごく、とても、いい時間だった。間違いなく新たなアンセムになる。というか、なった。こういう楽曲を「まだまだ」というより、寧ろ「どんどん」つくれるようになっている藤くんの才能に舌を巻く。本当におそろしい。(褒め言葉)

『窓の中から 』が始まるまでの流れもよかった。一曲前の『ray』でドームの天井へ<生きるのは最高だ*1>が映し出された瞬間、何度も歌ってきたこのフレーズがまた違う輝きをもって胸に響いた。この曲が初めて披露されたのは武道館だったと記憶しているが、イントロが流れた瞬間に飛び跳ねた。BUMPがこういうテイストの楽曲をやるとは思ってもみなかったからだ。すっかりライブの定番となった今は違和感を覚えることはないけれど、当時の自分は、藤くんの中から<生きるのは最高だ>というフレーズが飛び出したことにとても驚かされた。驚いて、それからよかったと思った。何がどうよかったのかは上手く説明できないが、よかったという感情が芽生えたことは覚えている。

『ray』を歌い終えた藤くんが客席に問いかけた。「『生きるのは最高だ』って声に出して、あるいは心の中で歌えたかい?」言葉は続く。「『生きるのは最高だ』『生まれてきてよかった』簡単に言えることじゃないよな。わかってる。みんな色々あるってことはさ」アンコールを終えた最後の最後に藤くんが届けてくれる時みたいだと思いながら静かに聞き入る。やさしい声がドームを包みこむ。「でも、音楽を真ん中に待ち合わせして、こうして待ち合わせが成功して、こんな最高の夜は、今だけは『生きるのは最高だ』『生まれてきてよかった』って思ってもいいんじゃないか」俺だって色々あるよと藤くんが言う。当たり前のことなのに藤くんが色々あると告げたことに驚く自分がいて、それにも驚く。「でも、会いたい人が目の前にいるんだ」会いたい人とは我々リスナーのことだ。会場に集まった一人ひとり。僕と君の「君」。

決して押しつけがましくない、語りかけるようなやわらかな声音に堪らず泣いた。自分は別に生きることを悲観してはいないし、それなりに毎日楽しく生きている。生きていればつらいこと、悲しいこと、悔しいことや我慢ができないこと等々色々あるけれども「生きる」とはそういうものだと割りきって、必要以上に背負いこむことなく歩みを止めることなく平々凡々過ごしている。さもつらい人生を生きているみたいな決めつけをされたり、日常が悲しいことばかりのような物言いをされると「は?」「違うが?」と反射的に思ってしまうようなひねくれ者の心にも、藤くんの言葉はすっと沁みこむ。寄り添うとはこういうことなのだ。

リスナーの話が出た流れで触れておくと、ライブへ行くたびに驚かされるのが年齢層の幅広さだ。BUMPと一緒に年齢を重ねている人たちも多いが、負けないぐらい十代や新規(初めて来たんだろうなっていうのがノリでわかる)も多いのがすごいと思う。タイアップは多いがテレビになんてほとんど出ないのに毎回一定数新規層が観測できるの、本当にすごい。あとは、男女比。足を運ぶのは女性の多い現場がほとんどなので、男性お手洗いの最後尾札が出ているのを見ると「おおー」となる。演者と同性のファンが多いとなんとなくうれしい。歓声が男女半々なのもいい。

話を戻そう。

慣れ親しんだ楽曲が、不意に違う顔を見せるのも面白い。聞き慣れていても、アプローチや受け手(客層)が変わるとこんな風になるんだと新鮮さを覚える。これぞライブの醍醐味。

今回、それを強く感じたのが『アカシア』だ。歌いだしの前に藤くんが「僕と君が出会った時の歌をやるよ」と語りかけた。「僕と君の歌だ」と。

その言葉で、それまで見えていた景色ががらりと変わり、目から鱗ぽろりと落ちた。そうか、そうだったのか。

BUMPの楽曲はつまるところすべて「僕と君の歌」だが、自分にとって『アカシア』は映像のインパクトも相まってポケモンの印象があまりに強く、完全に「ポケモンの歌」として脳に刻まれていた。数年間ずっと「ポケモンとトレーナー(?)どちらの視点でも成立するすごい歌詞だ」と思いながら聞いていたのに、ここにきて「藤くん(BUMP)と我々の曲」という新たな視点が加わったことにより、一瞬で色彩が塗りかえられた。まさに"瞬く"間。言われてみれば<魂がここがいいと叫ぶ*2>とかその通りだ。完全に俺。

<もう死ぬまでいたい場所にいる>と綴った藤くんへ想いを馳せて爆泣きした。『アカシア』でここまでぼろ泣きしたのは初めてだった。<君がいる事を 君に伝えたい>BUMPはいつだってそうだ。だから、確かに"そうやって始まった"のだ。我々の出会いを描いた始まりの曲。こういう体験ができるからライブは面白い。『アカシア』を聞きながら、不意に「MUSICA*3」を買って積んでいることを思い出した。今年中に読みます笑。

パフォーマンスとしては、アンコール一曲目の『You were here』が圧巻だった。この終盤で、この声が出せるのか。震える。

あと、印象に残っているのが『レム』。藤くんの表現力が、いかに豊かで奥深いかをまざまざと見せつけられた。「どれだけ理解度を深めて咀嚼して自分の中へ取りこんだとしても元を辿れば他人の言葉である」ものと、「最後の一滴まで己の中から振り絞り自分を削りゼロからイチを生み出した」ものとは同じ土俵には上がれないのだな。優劣や勝ち負けの話ではなく、事実として"そう"なのだと脳へ叩きこまれる感覚。他人の言葉を借りた状態では出せない、魅せられない凄みのようなものが確かにあることを思い知らされた。無論、借りものだからこそ表現できるものもある。どちらがどうというわけではないと再度念押ししておく。

最初のMCでチャマが「俺たち感極まってんの」と言っていた通りに、同意するヒロが「終わっちゃう。始まったから終わっちゃう」と呟いた通りに、誰よりもメンバーが感慨深そうだった。最後の方、チャマもヒロも泣いていた。二月のホームシック衛星から十二月のSphery Rendezvousまでライブをやり続けた一年だったことを思うと、さもありなん。

Wアンコは『花の名』。藤くんがギターを持つのが早くて驚いた。いつもなら一人ステージに残り最後のMCをして、帰らずにギターを手に取る流れなのにチャマと秀ちゃんが捌けたタイミングでもうギターを構えていた。チャマが「え? やるの?」という顔をする。舞台袖の秀ちゃんが険しい顔で佇む。二人の様子からタイムリミットギリギリであることが察せられる。(※個人の所感)(でもいつものWアンコならやろうって感じでわって集まるから多分そうだったんじゃないかなと笑)

伸びやかな声と音が奏でる『花の名』は最高の夜を締めるにふさわしく、素晴らしかった。ありがとう、大好き。


最後の最後に藤くんが伝えてくれた言葉。

「僕の、BUMP OF CHICKENの音楽は一音、一休符、全部幸せです。生まれてきた世界に君が居たから」

そっくりそのままお返しします。

生まれてきた世界でBUMP OF CHICKENの音楽が鳴っている奇跡に心の底から感謝しています。本当に、本当に幸せです! ありがとう!!


(記憶を頼りに書いているのでMCはすべてニュアンスで捉えてください。よろしくお願いします)



(4枚目は終演後の撮影可能タイムに撮影)