日々徒然

zatta!

ファンに寄り添うとは

ファンに寄り添うって難しいことだと、しみじみ。

あちらからするとファンってひとまとまりに見えて、十把一絡げに扱うしかない存在で、あくまで"ファン"という概念で"人"ではない。ファンを"人"だと思っていたら正気を失いかねない。故に、事務所やレコ社から人間扱いされないのも致し方ない。

それでも、ファンという"概念"でただの"集合体"に過ぎないとしても、ほどけば「一人の人間」へ行き着くわけで。だからみんな、傷ついたり悲しんだり憤ったりする。

「一人の人間」である以上、「同じ」にはなり得ない。ファンと一纏めにしても、その実、考えも好みも違う他人であって「ファンの総意」なんて存在しないに等しい。そんな状況で寄り添うと言ったって、どんな風に、どの部分へ寄り添うのが正解かなんて誰にもわからない。というか、正解なんて多分ない。ありえない正解を探し続けるって、想像するだに苦しい。





三代目のライブがMCなしアンコールなしと聞いて、マジで、ガチでコンセプチュアルなライブなんだとわくわくが止まらなかった。

しかしながら、二日目にはMCが設けられ、ラストの曲前には「これで最後」だと念押しをされ、いつもの通り「ありがとうございました」「三代目JSBでした」的な発言で幕を閉じたという。


マジかー…………


初日だけの幻となってしまったのなら、甚だ遺憾である。尤も、これはLDHライブあるあるで、完璧に近い作品を見たいのなら初日に入るしかない。舞台なんかは回数を重ねるごとに良くなっていく傾向にあるが、LDHのライブは何故かセトリが減らされたり演出がなくなったりと、増えるのではなく削られることが多く、初日が一番よかったと感じることが多々ある。削ぎ落とすことで良くなるものもあるが、ことライブに関してはなくなってよかった試しがなく、どうして削るのか、体力的に厳しいからなのか等悶々とすることがたびたびある。初日はまず映像化しないので、一ヶ月~数ヶ月かけて考えに考え抜いた「最高のかたち」が後に残ることはなく、人々の記憶の中で生き続けるしかないのが非常に口惜しい。だから集団幻覚っていわれるんだよな……

サイヘリもそうだった。初日のほぼMCなし、矢継ぎ早にメインディッシュを詰めこまれ情報処理が追いつかずに気づいたら終わりを迎えるスピード感、そしてあのラスト。あの時も賛否両論で、自分は「これはこれでアリ」派だったけれども周囲は圧倒的に「否」が多く、退場時に聞こえてくるのが文句ばかりというなかなかな状況だった。

ただ、サイヘリの場合はパフォーマーMCの追加ぐらいで、ラストの演出が変更されたりなどはしなかった。あとは、客降りの際により客席から見やすいよう会場毎に工夫がされたことぐらいか。これは良い試みだったと思う。(実際に会場でやるまでもなく見えないとわかるだろうがとは思うが)

三代目もMCの追加に留まっていたら。伝聞のみで意見を言うのはよくないが、聞いた限りではラストの演出は変えない方がよかったと思う。いや、演出自体に変更はないのだが、最初の姿勢を貫いた方がコンセプトライブとしてはきれいなかたちだったのではないか。終わり方って重要なので。おそらくメンバーも拘った部分なのでは。だって、アンコールをやらないという選択は、かなり、だいぶ攻めていて、批判があることを覚悟の上で決めたことだと思う。今回のパッケージはそうした方が「輝く」「完璧」だと判断したからそうなったのだと思うので、それが二日目早々にファンの声により崩されてしまったのが惜しくてならない。そこはもうちょっと踏ん張って、様子見してみてもよかったのでは。最初は賛<否だったサイヘリも、途中から賛>否になっていったので。(※個人の肌感)

悲しいけれど、しょうがないのかな。本当にこういう言い方はよろしくないが、この界隈あたまのよわいひとが多いと常々感じるので。こどもでもわかるぐらいにわかりやすく言ってもらわないと理解ができない人が多い。子供の方が賢いまである。あれだけ「今回はこういうライブです」とメンバーから発信があったのに聞いていない、または聞いていても理解していない。メンバーが表現したい、創り上げたいものを見たい気持ちより自分のエゴを通したい気持ちの方が多いのは残念。

……って、お前も客上げ客降りに文句を言いまくってただろ!!

まぁ、客上げ客降りは事務所ノルマ感はんぱなかったし排除した方が作品としての完成度は上だったと思うけども。(黙れ)

そもそもアンコールってあって当たり前じゃないし、MCまったくしない人もいるし、世界観を大事にした舞台や映画みたいなライブなんか世の中にたくさんあるのにあまりにモノを知らなさすぎる。とはいえ、事務所の箱推し強要(強要いうな)で事務所内しか見ていない(見えない)人がいるのはさもありなん。ざっと検索をかけただけで二日目はMCがあってずるい同じ値段払ってるのに系のポストをいくつも目にして、こういう層と初日の完璧に近いパッケージ感へ価値を見出す層とは永遠にわかりあえないだろうなと感じた。どちらがどうというわけではなく、決定的に噛みあわない。

これはただの個人のお気持ちだけれども、別界隈の友達がサイヘリを観て「ランペはこういうのが似合うからもっとやってほしい」と言ってくれたの、めちゃくちゃうれしかったんだよな。事務所内で差別化もできるし自分たちの魅力や武器はどんどん磨いていった方がいい、パブリックイメージで敬遠している人たちにも刺さる、こういうの好きな人たくさんいるよって言ってくれたの、常々思っていることだったから本当にうれしかった。なのに、そのサイヘリのライブ映像は…………


脱線。

「三代目でも」というよりは「三代目だからこそ」寄り添いすぎてしまった感があり、やさしいのもアレだなと思うのだった。まぁ、あんなネットニュース書かれちゃね……。悪意しかなくて驚いた。ああいうの、自グルじゃなくてもなんか悔しい。