上映時間58分。鑑賞料金、一律1,700円。
万人に薦められる作品ではない。それでも、気になっているのならぜひ劇場で。映画館で観るべき作品だと断言する。充実感も満足度も時間の長さではないのだと改めて。(とはいえ、時間も重要な要素のひとつだが)
作品が発表された当時、タツキはまたすごいものを描いたなという気持ちと共に、編集部に対しては静かな怒りがあった。
『チェンソーマン』藤本タツキ最新作。
— 林士平(りんしへい) (@SHIHEILIN) 2021年7月18日
時代を抉る 新時代青春読切143P。
『ルックバック』
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「時代を抉る」
抉ったのは時代なのか?
別のものを深くふかく抉ってはいないか?
その可能性を考えなかった、予想できなかったわけでは決してないだろう??
「抉る」という言葉がかかるのは作風だと思っていた。作家を知っている人ほどそう捉えるのではないだろうか。少なくとも自分はそうだった。
感覚としては騙し討ちに近い。まったく別のところから抉られて、正直しんどかった。部外者の自分ですら、まだ傷が生々しいのに――
炎上商法ではないが、そういう反応(反発)まで"込み"で"仕掛けた"のだろう。数字が取れればいいのかよ。そう憤ったのを覚えている。
断っておくが、作者に対して思うところは何もない。追悼であり、祈りであり、昇華であり、救いだというのが、当時も今も変わらない感想である。
『ルックバック』作品内に不適切な表現があるとの指摘を読者の方からいただきました。⁰熟慮の結果、作中の描写が偏見や差別の助長につながることは避けたいと考え、一部修正しました。
— 少年ジャンプ+ (@shonenjump_plus) 2021年8月2日
少年ジャンプ+編集部https://t.co/Vag51clfJc
後日修正がなされたが、自分は表現を変える必要はなかったと思っている。モチーフが明らかであるが故に、そのままでよかったと思う。
そう、モチーフが明らかであるが故に、確実に傷つく人がいることはわかっていたはずだ。そこへ対する配慮……うーん、しっくりこないな、何て言ったらいいんだろう。
「読む」「読まない」の判断材料を与えずにいきなりぶつけるには、いささか狡く、鋭く、重い一撃であることをもっと真剣に、真摯に考えてほしかった。エンタメとして何もわからない状態だからこそ受ける衝撃を重視するのはわからなくはないが、事が事なだけに、編集部と担当編集には思慮深くあってほしかった。そういう気持ちがぐるぐると渦を巻いていた。
前置きが長い。
そんなわけで、当時は作品に対する感想と編集部に対する不満とがごちゃまぜだった。純粋に作品のことだけを考えるにはノイズが多かった。事件と作品を結びつけずに考えることは自分には難しく、すごい作品であることは認めながらも手放しで賞讃したり、他人へ薦めたりするようなものではなかった。
時を経て、映画になった。
映画『ルックバック』は原作を忠実に、誠実にアニメ化した作品でありながら、どこまでもアニメーションだった。漫画ではない。アニメだからこそできる表現に溢れていた。
ここにきて、ようやく純粋な気持ちで『ルックバック』という作品と向き合えた気がした。知っていても、わかっていても、ぼろぼろ泣いた。作品を通して伝えたいこと、表現したいことが原作を読んだ時よりもクリアに映り、心の深いところまで届くような心地がした。観てよかった。しみじみと思った。
それでも、描く。
それでも、生きていく。
前を向いて。
アニメーションは勿論、劇伴が非常に素晴らしく印象に残った。エンドロール。よくあるキャラクターと声優が最初に流れてくる構成ではなく、原作者を筆頭に原作まわりのスタッフ、次いで作画動画スタッフというクレジット順でこれにも胸を打たれた。
音楽 haruka nakamura
恥ずかしながら存じ上げなかったので、帰り道にソッコー調べた。「この素晴らしい音楽をつくったのは誰!?」で頭がいっぱいになる経験、まださほど名前が知られていない頃の澤野弘之さん以来だ。
余韻なんてかわいげのあるものではない、重々しく切ない苦しさに胸をしめつけられ懸命に泣くのを堪えるさなか、こちらのインタビューに出会った。
電車に揺られながら耐えきれずに泣いた。そのまんまじゃないか……!(失礼な物言いで申し訳ない)
あまりにもぴったりすぎて、こんなことある!? と頭の中で何回か叫んだ。なるほどなー。なるほど。なるほど……
また一人、素晴らしい才能と出会えた。他の楽曲も聞いてみよう。
映画っていいな。映画館って、やっぱり特別で非日常。
心の底からそう思える58分間だった。
鑑賞料金が均一なことについて物議を醸しているようだが、作品に対する評価でいえば1,700円は決して高くはないと思う。自分は音響がいいスクリーンで観たかったので、追加料金を支払って尚満足している。対価に見合う体験だった。
興味がある方は、ぜひ劇場で。
タオルを忘れずに携えて。